5 百匹目の猿

 「百匹目の猿」という話はご存知ですか?

 簡単に言えば、
「九州のどこかの猿が芋を洗い、仲間が真似をして洗って食べるようになる。だんだん真似をする猿が増えてきて、百匹くらいになった。そしたら急に交流のない他の猿の仲間が芋を洗って食べだした。」
という話です。

 高野山伝燈大阿闍梨の中村公隆大和尚様は著書「密教を生きる」の中でこの「百匹目の猿」の話について
「これはやはり仏さまの命が通っていて、どんどん法身説法をしているということです。これをキャッチした猿たちの脳から、自分たちにわかりやすい日常的な電波に改良された思考の電波が飛び出して、チャンネルの合った他の猿が受信していると考えられるのです。
 あるレベルに達した一つの意志なり行動なりは、無関係に思われるあらゆるものにも全部伝わっている。だからいいことがあるレベルに達したら、世界中のいろいろなことが変わりだすわけです。四種曼荼各々離れずというのは、六大無碍(ろくだいむげ)だから言えることです。『百匹目の猿』は密教以外に説明がつかない。
 (中略)だから人類いろいろな文明の開化でも、動植物の進化でも、皆、そういうものがあるということです。これは法身説法を持って来なければ説明がつきません。」
と述べられています。

 「百匹目の猿」は一般的には、会社などの組織の中で、新しいことが急に現れて、まわりにじわじわ伝わっていくことの例えとして使われる話ですが、私は、今まさに世の中に広がりつつあるCS60についても当てはまるのではないかと考えています。

 それは、西村先生がバビッときて、CS60を開発して、いろいろな人にCS60の施術をするうちに、どう見ても、CS60はただの金属球にしか見えないにも関わらず、その噂を聞き興味を持った人(中村公隆大和尚様のいうチャンネルがあった人)がCS60の会員になったり、施術を希望したりして、少しずつ世の中に広まりつつあるということです。

 私についていえば、CS60を知ったのが令和元年で、そのときCS60が世の中に出て約十年経っていたということなので、ある意味、私はCS60が誕生してから約十年、CS60のチャンネルに合わせるのに時間が掛かったとも言えます。


 種子を捲いて、それが発芽して、成長して結実するまで待たないと、稲穂もたくさんの餅にならないと教えるものです。
 「待てば海路の日和かな」は、江戸時代の海上交通の常識でした。
 CS60は、じっくり、じわじわと普及していくでしょうから、「待つ」ことを大切にして、御縁があった方に心を込めて施術をさせていただきたいです。